『1リットルの涙』~脊髄小脳変性症について~

こんにちは。谷川(脳神経内科専門医)です。

小学1年生になった娘の運動会が6月にありました。

小さな体で仲間と声を掛け合い、走る姿をみて成長を感じ、胸があつくなりました。健やかな身体で育ってほしいという思いはどんな親でも同じと思います。

しかし世の中には、小脳、脊髄などの神経細胞が障害されて、うまく走れなくなってしまう病気があります。
『脊髄小脳変性症』(せきずいしょうのうへんせいしょう)という病気です。
動きの制御、体のバランスをとる役割をしている小脳などに障害がおき、
「転びやすい。」「字がうまく書けない。」「ろれつが回らない。」などの症状を呈します。


病気は良くなることはなく、進行して最終的には寝たきりとなり誤嚥性肺炎などで亡くなります。診断は、症状とMRIでの小脳・脳幹の萎縮の所見などを併せて行います。

15歳でこの病気を発症した少女が、手が動かなくなるまで綴った闘病日記が、
『1リットルの涙』として書籍化され(1986年)、のちに映画化(2004年)されているのでご紹介します。

著者は愛知県豊橋市に住む木藤亜也(きとうあや)さん。
中学3年生のときに、『転んでケガすることが多くなった。』『痩せてきた。』などの症状があり、病院を受診し脊髄小脳変性症と診断されます。
それでも勉強を頑張り、高校(豊橋東高校)に合格。母親、友人、学校のそばにある駄菓子屋さんの店主に助けてもらいながらなんとか通学します。
しかし、教室の移動にも難儀し、ノートもとれなくなってしまい、大好きだった高校をやめ、養護学校への転向を余儀なくされます。
このとき日記に綴られていたのが、

先生も友達も、みな健康です。悲しいけど、この差はどうしようもありません。私は東高を去ります。そして障害者という重い荷物を、ひとりでしょって生きていきます。こう決断を自分で下すのに少なくとも1リットルの涙が必要だった」

保健師だった母親の影響で、「人の役に立ちたい。」という思いがあり、養護学校に移ってからも朝4時に起きて勉強をしました。しかし、病気は進行し、養護学校卒業後は進学や就職はできず、在宅療養となります。
このときの日記に「先生や友人から受けた教えを生かして、社会の役に立ちたかった。」と綴っています。

25歳で脊髄小脳変性症による衰弱により永眠されました。
『脊髄小脳変性症』と一言に言っても、その種類は多いです。

■多系統萎縮症について説明します。

孤発性(=遺伝しない)の脊髄小脳変性症は、多系統萎縮症と呼ばれます。
多系統とは、

①小脳系(動きをスムーズにしたりバランスをとる)
②錐体外路系(動きの補助)
③自律神経系(心臓、血管、腸、膀胱などの働きを司る)
のことを指します

多系統萎縮症は、①~③が様々な程度で障害されるため、目立つ障害系統によって、MSA-P、MSA-C、SDSなどと呼ばれます。しかし最終的にはすべての系統が障害されるため、同一疾患(=“多系統萎縮症”)として扱われるようになっています。
発症機序は、グリア細胞(神経細胞を支持する細胞)にαシヌクレインという蛋白が蓄積することにより、これらの神経系が機能しなくなり発症することがわかってきています。
現在まで有効な治療薬はありませんでしたが、αシヌクレインを中和するαシヌクレイン抗体による治験が進行しており、進行を遅らせることができる可能性を期待されています。

■次に遺伝する脊髄小脳変性症(SCA)について。
“脊髄小脳変性症”というとこちらのみを指すことが多いです。狭い意味での“脊髄小脳変性症”です。
多系統萎縮症と同様、①小脳系、②錐体外路系、③自律神経系が障害されますが、その原因は、遺伝子(DNA)の塩基配列の異常です。

DNAは、A(アデニン)T(チミン)G(グアニン)C(シトシン)という塩基配列で3つの塩基の組み合わせでひとつのアミノ酸を指定します。
“CAG”は、“グルタミン”というアミノ酸を指定しますが、CAGが遺伝子内で異常にリピート延長することで、“ポリグルタミン鎖”(=長いグルタミンの連なり)ができます。そしてこのポリグルタミン鎖が細胞毒性をもつことにより発症します(そのため“ポリグルタミン病”とも言われます)。遺伝子の特定された順番に、SCA-1、SCA-2、SCA-3、・・と名づけられていますが、それぞれ目立つ症状や進行スピードは大きく異なります。たとえば、世界で最も多い型でああるSCA-3(別名;マシャド・ジョセフ病)は小脳症状だけでなく、錐体外路症状、末梢神経障害など多彩で進行スピードも早いです。SCA-6は小脳症状が主体であり、進行がゆっくり(20年以上歩けている人もいる)です。

いずれのタイプの脊髄小脳変性症にしても根治的な治療法はまだみつかっていませんが、遺伝子治療(特にSCA-6に対して)は、モデルマウスやSCA6患者由来iPS細胞を用いて研究がすすめられており、今後の発展が期待されています。

文庫本の「1リットルの涙」は、2006年時点で発行部数210万部を突破し、ロングセラーとなっています。この病気が広く認知され、根治的な治療に対する研究がすすめば、「社会の役に立ちたい。」という木藤亜也さんの願いは叶えられるかもしれません。

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